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東京地方裁判所 昭和51年(手ワ)572号 判決

A・C事件原告、B事件被告 阪神バイパスフェリー株式会社(以下全事件を通じ「原告会社」と略称する。)

右代表者代表取締役 平井仁之助

B事件被告 西日本放送株式会社 (以下「被告西日本」と略称する。)

右代表者代表取締役 平井仁之助

右両名訴訟代理人弁護士 大西昭一郎

A事件被告 神原汽船株式会社 (以下「被告神原汽船」と略称する。)

右代表者代表取締役 神原真人

A・C事件被告、B事件原告 常石造船株式会社 (以下全事件を通じ「被告常石造船」と略称する。)

右代表者代表取締役 神原真人

右両名訴訟代理人弁護士 土肥米之

同 土肥倫之

同 土肥幸代

主文

一  被告神原汽船は、原告会社に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告会社及び被告西日本は、被告常石造船に対し、各自金三〇〇〇万円及び内金一五〇〇万円に対する昭和五〇年五月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年六月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年七月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年八月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年九月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年一〇月一四日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告会社の被告神原汽船に対するその余の請求及び被告常石造船に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、A・B・C事件を通じ、原告会社及び被告神原汽船に生じた費用はこれを三分し、その一を原告会社の負担とし、その二を被告神原汽船の負担とし、被告常石造船に生じた費用は原告会社及び被告西日本の負担とし、被告西日本に生じた費用は同被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(A事件)

一  請求の趣旨

1 被告神原汽船及び被告常石造船は、原告会社に対し、各自金一億五〇〇万円及びこれに対する被告神原汽船については昭和五一年一月一〇日から、被告常石造船については同月一一日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は右被告らの負担とする。

2 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告会社の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告会社の負担とする。

(B事件)

一  請求の趣旨

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は原告会社と被告西日本の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する策弁

1 被告常石造船の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告常石造船の負担とする。

(C事件)

一  請求の趣旨

1 被告常石造船は、原告会社に対し、別紙目録記録記載の約束手形を引き渡せ。

2 訴訟費用は被告常石造船の負担とする。

3 仮執行宜言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告会社の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告会社の負担とする。

第二当事者の主張

(A事件)

一  請求原因

1 原告会社は旅客不定期航路事業等を業とする、被告神原汽船は船舶運行事業等を業とする、被告常石造船は船舶建造等を業とする、各株式会社である。

2 原告会社は、昭和四九年四月一六日、被告神原汽船との間において、原告会社所有の汽船「摂津」(旅客船兼自動車輸送船、総トン数一一一六・〇七トン、以下「本汽船」という。)に関して左記内容の係船管理契約を締結し、これを右被告に引き渡した。

(一) 保管場所は、広島県沼隈郡沼隈町常石港の被告常石造船事務所沖とする。

(二) 被告神原汽船は、善良な管理者の注意義務をもって本汽船の保安管理にあたる。

(三) ターニング(エンジンを動かし、潤滑油をエンジン各部にゆきわたらせることによって、気筒内の発錆等を防止する保守作業)は月二回行う。

(四) 保管費用は月額二〇万円とし、毎月末日限り当月分を支払う。

3 右寄託契約の内容として、受寄者である被告神原汽船は本汽船を自己の支配内に係船してその原状を維持し、将来寄託関係が終了したときにはこれを返還する義務を負うものである。それ故、原告会社は係船場所に本汽船を回航した後全船員が下船し、マスター鍵を右被告に預け本汽船の保管を委ねた。そして、右契約で被告神原汽船は保安要員を常時乗船させて巡回、監視にあたらせることが内容となっていることは、保管料の内に保安要員の人件費が含まれていること、マスター鍵の所持、船室の一室を保安要員の宿泊用に供していることから明らかである。そして、被告神原汽船は受寄者として、常時本汽船の状態を注意し、船体外部、機関室内、船底等を見回り点検し、異常を発見すれば臨機に適切な措置を講ずべきであり、いやしくも本汽船に浸水させることのないようにすべき義務がある。被告神原汽船は保安要員を常時船内に駐在させていれば、浸水の初期原因が何であれ本汽船に生じている異常を容易に発見でき、後記の事故を未然に防ぎえたのである。

4 被告神原汽船は、本汽船の前記のような保安管理とターニングに必要な業務に従事すべき要員を欠くため、これを被告常石造船に再寄託し、原告会社はこれを黙示に承諾した。

すなわち、被告神原汽船と被告常石造船は互いに株式を持ち合い、資本的に強固な結合関係にあり、役員も両社を兼任するものが多く、業務も同じ事業所で行う等実質的には同一会社ともいえるものである。本汽船の係船場所は被告常石造船の沖合であり、被告常石造船がしたターニング作業は前記係船保管契約の重要な内容であり、これを行うことは同時に船内、機関室の点検をすることでもあって右契約の根幹部分をなすものであるから、これを被告常石造船に委ねることは本汽船を再寄託したものである。

5 しかるに、昭和四九年一〇月九日、本汽船の機関室に海水が浸水するという事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

6 原告会社は、本件事故により、次のとおりの損害を被った。

(一) 修復工事費用 三五〇〇万円

原告会社は、本件事故直後、被告常石造船に対し、海水を排水し、エンジン等の機器をオーバーホールするなどの修復工事を依頼し、被告常石造船は同年一二月四日に右工事を完成し、その費用として三八六二万五四八四円を原告に対し請求してきたが、右修復工事費用は少なくとも三五〇〇万円が相当であり、原告はこれを支払うときは同額の損害を受ける。

(二) 本件事故による船価の下落 七〇〇〇万円

原告会社は、本件契約締結以前から、本汽船の売却を予定しており、代金三億三〇〇〇万円で引き合いが相次いでいたものであるところ、本件事故の結果船価の下落をきたし、結局二億六〇〇〇万円で売却することを余儀なくされ、その差額七〇〇〇万円を得ることができなかった。

7 よって、原告会社は、被告らに対し、寄託契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、各自前記損害額合計一億五〇〇万円及びこれに対する本件訴訟送達の日の翌日である昭和五一年一月一〇日(被告神原汽船)又は同月一一日(被告常石造船)から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の事実のうち、本汽船の全船員が下船し、そのマスター鍵を被告神原汽船が預かったことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告会社は、本汽船の保管費用を低廉にするため、被告神原汽船との間において本件係船管理契約を締結するに際し、被告神原汽船は本汽船に保安要員を常駐させる必要はなく、ターニング作業を施行する他は火災、盗難を防止すれば足りる旨を約し、そのため本汽船の船室も、保安要員の巡回、休息時に必要な一室を除いて他の全ての船室に施錠され、ここに自由に出入りすることは禁じられていた。本件係船管理契約では、被告神原汽船は停船場所である海面を提供しターニングを行うこと、及び火災・盗難の防止に重点をおき信号燈の点滅のため係員を派遣し、非施錠部分の巡回警戒を行うとされていたに過ぎず、本件事故は、被告らの責任の範囲に属するものではない。

3 同4の事実のうち、本汽船の係船場所が被告常石造船の沖合であること及びターニング作業を被告常石造船が行っていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4 同5の事実は認める。

5 同6の事実のうち、被告常石造船が原告会社の依頼により本汽船の修復工事を行い、これを原告会社主張の日時までに完成したことは認め、その余の事実は否認する。

三  抗弁

本件事故は、本汽船の機関室内に設置されている消防兼雑用水ポンプに接続されている排水管の吐出口から海水が浸入したことにより発生したものである。すなわち、右ポンプと吐出口を接続している排水管は船外からの海水の逆流を防ぐために逆U字型になっておりその上部は通常海面上にあり、また排水管の吐出口に船外弁が設けられており、排水時以外はこれを閉鎖することとされているものである。ところが、右船外弁の弁体と弁座の間に、ポンプ本体のマウスリングの一部が破損した金属片(厚さ四ミリメートル、巾二センチメートル、長さ一三センチメートル)がはさまっていて相当のすき間ができていた。そして、右ポンプは以前から故障していたため、原告会社は船外弁をビニールテープで封鎖してポンプ及び船外弁の使用を禁じていたものであって、被告神原汽船に対してもその旨指示を与えた。ところが昭和四九年八月二九日及び九月八日から九日にかけての二度にわたり台風が来襲した際、船体の動揺、高波による吃水の変化のため、逆U字型の導水管の上部をこえて海水が浸入し、導水管及び空気抜管に巻いてあったシールテープが徐々に剥離し、その結果ここから大量の海水が浸入するに至ったものである。

以上のとおり、本件事故は、船外弁の閉鎖が不完全な状態で本汽船を被告神原汽船に引き渡したという原告会社の責に帰すべき事由と台風・高波等の不可抗力が相乗的に作用して発生したものであるから被告神原汽船がその責任を負うべきものではない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、消防兼雑用水ポンプが以前から故障しており、その船外弁に金属片がはさまってすき間ができていたこと及び右ポンプの排水管から海水の逆流したことによって本件事故が生じたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故は、昭和四九年八月二日、被告常石造船がターニングを行った際、開放した船底弁を密閉することを怠ったため、徐々に海水が浸入してビルジが増加し、吃水が低下したため、排水管からの海水の逆流を招いたことにより発生したものである。

なお、被告らは、九月期のターニングの施行、船室内の巡回、点検、船外からの吃水の変化の観察により、本件浸水を容易に発見することができたのであるから、浸水原因のいかんを問わず、その責任を免れるものではない。

(B事件)

一  請求原因

1 原告会社と被告西日本は、別紙目録記載(一)ないし(六)の各約束手形を振り出した。

2 別紙目録被裏書人欄記載の各銀行は、裏書の連続のある右各手形をそれぞれ満期に支払場所に呈示したところ、支払を拒絶された。

3 被告常石造船は、右各手形を受戻してこれらを所持している。

4 被告常石造船の各銀行に対する被裏書人欄の裏書の記載には、いずれも抹消の表示がなされている。

5 よって、被告常石造船は、原告会社と被告西日本に対し、各自手形金合計三〇〇〇万円及び内金一五〇〇万円に対する昭和五〇年五月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年六月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年七月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年八月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年九月一四日から、内金三〇〇万円に対する同年一〇月一四日(以上は、いずれも各手形の満期の日の翌日)から各支払ずみまで、手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三  抗弁

本件各手形は、いずれも原告会社の所有した本汽船の修復工事代金の支払のため振り出されたものであるところ、右工事はA事件請求原因記載のとおり、被告常石造船においてその責任を負うべきものであるから、原因関係を欠き、原告会社がこれを支払うべき義務はない。

四  抗弁に対する認否

本件各手形が本汽船の修復工事代金の支払のため振り出されたことは認め、その余についてはA事件請求原因に対する認否記載のとおり。

五  再抗弁

A事件抗弁記載のとおり。

六  再抗弁に対する認否

A事件抗弁に対する認否記載のとおり。

(C事件)

一  請求原因

1 原告会社は、別紙目録記載(一)ないし(六)の約束手形を振り出し、被告常石造船はこれらを所持している。

2 右各手形の振出は、B事件抗弁記載のとおり、原因関係を欠くものである。

3 よって、原告会社は、被告常石造船に対し、不当利得返還請求権に基づき、右各手形の返還を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実については、B事件抗弁に対する認否記載のとおり。

三  抗弁

A事件抗弁記載のとおり。

四  抗弁に対する認否

A事件抗弁に対する認否記載のとおり。

第三証拠《省略》

理由

第一A事件

一  請求原因1の事実(当事者の営業目的)及び同2の事実(係船管理契約の締結)はいずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》及び請求原因2、5記載の当事者間に争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

原告会社は、昭和四六年四月以来、本汽船及び汽船「泉州」を所有して泉大津・神戸港間の旅客不定期航路事業を営んでいたが、その営業成績が当初から振わず、赤字経営が続いたため昭和四八年一二月ころに至り、右事業を廃止することを計画し、神戸海運局との間でその交渉にあたる一方、該航路の運航に供していた右汽船の売却方を決定し、それまでの間の係船場所を探していたところ、昭和四九年一月ころ、原告会社代表取締役宮川寿幸が偶々他の用件で被告神原汽船の常石支社へ赴いた際、同支社業務課長楠原通孝から常石港内に係船したらどうかと勧められたことを契機として原告会社と被告神原汽船との間で本件係船管理契約の締結方の交渉が進められ、係船場所を他の船舶の運行や漁業の妨げにもならず、ターニング作業を被告常石造船が行うにも便利な常石港沖とし、被告神原汽船が本汽船を預り善良な管理者としてその保安管理にあたるが、ターニング作業は被告神原汽船が行うには人員も機材もないので被告常石造船に実施させる旨本件係船管理契約の大綱が定まった。そして、本汽船は、同年四月一〇日に営業航海を終えて常石港へ回航し、同月一六日に同港に到着して同港沖に投錨し、原告会社の船員から被告神原汽船の職員に機関室の機器の操作、その他保安に必要な事項の事務引継をし、マスターキー及び各船室の鍵二個宛を交付したうえ、船員は全員下船して原告会社から被告神原汽船に本汽船が引き渡された。

しかし、原告会社と被告神原汽船との間では、当時、未だ本件係船管理に関する契約書等は取り交されておらず、また保管費用の額の取り決めもなされていなかった。その後、四月下旬ころ、被告神原汽船から原告会社に対し、同月一六日付の「協定書」と題する書面が送付され、原告会社代表者宮川が右書面の一方当事者欄に原告会社名及び代表者印を記名捺印してこれを完成し、また保管費用については、被告神原汽船から原告会社に対し、一か月当り当番費用三〇万円、免状借賃五万円、漁業補償一万円、その他管理費用一〇万円を含む合計四六万円とする案が提示されたが、これに対し原告会社が高額すぎるとして難色を示したため、右両者の間でさらに交渉した結果、一か月当り当番費用一〇万円、免状借賃五万円、漁業補償一万円、その他管理費用四万円合計二〇万円とすることで合意に達した。

また、ターニング作業は、被告常石造船が月二回施行することとされたが、その費用については前記協定書作成の段階においては原告会社の負担とすることのみが約定され、その額については未だ合意が成立していないまま実行されていたが、七月初めころに至り、月に二回も実施する必要がないということになり、以後は月一回施行することに変更し、費用は一回一〇万円とすることが原告会社と被告神原汽船との間で合意された。

この間、被告神原汽船は本汽船の引渡しをうけた後、本汽船が係船となり航行の用に供しなくなったので関係監督官庁に船舶検査証書の返納等の必要手続を原告会社に代って行い、本汽船の保安要員として海技免状をもつ佐藤芳一、佐藤省三の両名を指名し、現実の保安管理にあたらせる旨原告会社に通告した。しかし、右両名は、本汽船が常石港に近い海面に係錨され、陸上から大体の状況を見ることもできるため船内の休息用の一室に宿泊、常駐して管理保安の業務を行わなかったばかりでなく、毎日本汽船に通船して機関室を含む他の船室を巡回、点検したり、漂流、船内浸水、吃水線の監視等現状維持についての日常作業をせず、ただ時折通船して停泊燈の点燈や火災や盗難防止のための巡回をするに過ぎなかった。また、被告神原汽船は、被告常石造船にターニング作業の施行を依頼し、五月三〇日、六月二〇日、七月九日、八月二日にそれぞれターニング作業を行わせたが、九月期にはこれを実施しなかった。さらに、八月二九日及び九月八日から九日にかけての二度にわたり台風が来襲したので、その後被告神原汽船は本汽船の見回りをしたが、その際吃水の状態については確認することをしなかった。

なお、原告会社代表取締役宮川は八月二日及び同月二六日には売船のための調査に、九月二日には台風来襲後の調査のため本汽船に赴き九月二日には機関室内に立ち入ったところ、何ら異常な点は見い出されなかった。

ところが、一〇月九日、被告常石造船からターニング施行のため作業員が本汽船に赴き、機関室内に入ったとき、本件事故の発生が発見された。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  ところで、原告会社は本汽船が被告神原汽船から被告常石造船に再寄託され、原告会社はこれを承諾しているので、被告常石造船も保管管理者として責任を負うべきである旨主張するのでこの点について判断する。

被告常石造船が本汽船のターニング作業を行ったことは当事者間に争いがないが、このターニング作業は被告神原汽船から依頼をうけて行っていたものであることは前認定のとおりである。なるほど原告会社主張のとおり右作業は本汽船の機関室の機器を良好な状態で保管するために必要な作業ではあるけれども、係船管理の必須的な作業内容ではなく、このターニングを行わない係船保管もあること、右作業の際、船内や機関室を点検することはあっても付随的な行為でそれを目的とするものではないことから、これを被告神原汽船が被告常石造船に委託したからといって、これによって本汽船に対する支配、占有が被告常石造船に移転したものと解することはできず、むしろ寄託契約の本質をなす本汽船に対する占有、保管は右ターニング作業委託後も終始被告神原汽船がしていたものというべきであるから、この事実をもって再寄託が成立したものと解することはできない。その他、原告会社の主張を認めるに足りる的確な証拠は何もない。

よって、原告会社の右再寄託の成立を前提とする被告常石造船に対する請求は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  そこで、被告神原汽船の債務不履行責任の有無について検討する。

1  まず、本件係船管理契約によって被告神原汽船の負担する保安管理義務の内容について検討する。

原告会社が本汽船を被告神原汽船に保管を委ねた趣旨は、これを他に売却する迄の間少ない費用で係船し、できる限り現状を維持し船価の逓落を防止するためであるのを被告神原汽船は熟知していること、海上で投錨した船舶の保管者は他の船舶の航行の妨げや漁船の操業に支障をきたさないように係船すべきであり、当該船舶が漂流したり、船内に侵水したり、火災盗難のおそれがある場合には適宜必要な処置をとることができるようにすべきであり、右のような事態を未然に防止するため常時船舶の内外部を巡回、監視し、関係法規上必要な行為をする等常時これを自己の支配内において現状を維持し、できるだけ受領時と同じ状態で返還する義務があること、原告会社の船員が全部必要事項を引き継いで下船し、船室の鍵はすべて被告神原汽船において保管されていたこと及び合意された保管費用として当番費用一〇万円、免状借賃五万円が含まれていること、機関室の機器の機能維持を図るため特にターニング作業の実施(当初月二回、後月一回)を請け負ったこと、船内の一室が要員用として施錠されずにあったことを勘案すると、本件係船管理契約において、被告神原汽船は、本汽船を保管するにあたり、これに有資格の保安要員(人数は問わない)を船内に宿泊、常置させたうえ、常に前記のような係船について必要とされる一般的業務として適宜船内外の巡回、点検を行い、その管理にあたらせるか、少くとも毎日本汽船に通船して右のような保安管理業務を行わせるべき契約上の義務を負うものと解するのが相当である。本件係船管理契約において、被告神原汽船は保安要員を常置させる必要はなく、火災と盗難のみを防止すれば足りる旨主張し、証人楠原通孝はこれにそう証言をし、また保管管理費用は当初被告神原汽船から四〇万円を提示し、原告会社がこれに難色を示して反対し、二〇万円と大幅に減縮されたことは前記認定のとおりであるが、減額後も当番費用として一〇万円が計上されていること、契約書には善良な管理者としての保安管理の内容として、被告神原汽船主張のような限定した業務内容とする旨の記載がなく、かえって不可抗力に基因する出来事には責に任じない旨の原則的記載があることに徴すると、右被告の主張は到底採用することはできない。

2  以上のとおり被告神原汽船は、本汽船の保安管理義務の内容である現状を維持し、係船中の船舶に必要な保管行為を行うべき義務があるというべきところ、前記認定の事実によれば、同被告はこれらを行わず、また台風後の見回りの際も吃水の位置を確認することを怠ったばかりでなく、その他浸水の防止等異常事態の発生の防止等に留意していた形跡も窺えない。

したがって、本件事故の発生が被告神原汽船の責に帰すべからざる事由に基づくものであるとの同被告の主張は理由がない(なお、本件事故が、初期浸水が何時、何処から起きたか又その原因が何かはさておき、大量浸水については、消防兼雑用水ポンプの導水管及び空気抜管に巻いてあったシールテープが徐々に剥離して、ここから大量浸水に至ったものであることは当事者間に争いがなく、この事実と、《証拠省略》を総合すれば、シールテープ完全な剥離に至るまでの浸水は徐々に生じていたものであって、長期間にわたり少量の海水が浸水していたことが認められるから、被告神原汽船において契約上の保管管理義務を履行し少くとも機関室内の巡回、点検を履行することにより、これを初期の段階で発見することが十分に可能であったものと認められるから、本件事故による損害の発生は、右債務不履行と因果関係のあるものと認められる。)。

五  進んで、本件事故により原告に生じた損害について検討する。

1  修復工事費用について

原告会社が被告常石造船に対し、本汽船の修復工事を依頼し、右工事が昭和五〇年一二月四日に完成したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、被告常石造船は原告会社に対し右修理費用として三八六二万五四八四円を請求し種々交渉の結果原告会社はB事件で被告常石造船が本訴で請求する約束手形六通額面合計三〇〇〇万円を振出したこと、右約束手形金は修理代金の一部であり、本汽船の修復工事費用として、少なくとも三五〇〇万円を要したことが認められる。

2  船価の下落について

《証拠省略》を総合すれば、原告会社は、昭和四九年三月一四日、宇高国道フェリー株式会社(以下「宇高国道フェリー」という。)との間において、その所有する本汽船及び汽船「泉州」の二隻のうちの買主の選択する一隻について、代金三億三〇〇〇万円で売買する旨の選択的売買契約を締結し、その結果、汽船「泉州」が選択されて売り渡されたこと、また右売買の交渉と並行して、他の買主との間でやはり代金三億三〇〇〇万円での売買の交渉があったが、結局成立に至らなかったこと、さらに同年八月ころにはその他二・三の会社との間で売買交渉がすすみ、原告会社は代金として三億三〇〇〇万円を提示していたこと、そして、本汽船は結局本件事故後の昭和五一年一月四日に宇高国道フェリーに代金二億六〇〇〇万円で売却されたことが認められる。

しかし、本汽船の本件事故前の価額については、右認定のとおり宇高国道フェリーとの間で代金三億三〇〇〇万円で汽船「泉州」との選択的売買がなされたものであるが、その選択権は買主にあり、結局本汽船は選択されなかったのであるから、右売買契約によっても本汽船が当時その代金額で売却しえたものと直ちに認めることはできず、また、その他の売買交渉については、いずれも成立するに至らなかったものであって、その交渉過程における代金提示額もどのような具体性をもって交渉の対象とされていたのかにつき何らこれを認めるに足りる証拠はないから、右金額と認めることも到底できないところであって、結局、本汽船は本件事故により船価が低落し七〇〇〇万円の損害を蒙ったことを認めるに足りる十分な証拠はないものといわざるをえない。

六  ところで、被告神原汽船の抗弁は、これを過失相殺の主張と解する余地もあるので、この点について検討する。

本件事故が、消防兼雑用水ポンプの船外弁にポンプ本体のマウスリングの一部が破損した金属片がはさまってできたすき間から浸水し、その導水管及び空気抜管に巻いてあったシールテープが剥離して、ここから大量の海水が浸水するに至ったものであること及び右ポンプの閉鎖不全が本汽船が被告神原汽船に対して引き渡される以前から生じていたものであることは当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》を総合すれば、右ポンプは以前から故障していたため、これにテープをはって使用することを禁じていたものであるが、係船後の九月二日に宮川が本汽船の機関室内に立ち入り点検したときまでは、何ら浸水等の異常はなかったし、他方、被告神原汽船は本件係船管理契約によって本汽船を現状を維持し、異状の発生しないように保管すべき義務を負うべきことは前記認定のとおりであって、右のとおり被告神原汽船に引渡後も数ヶ月にわたり特段の危険も発生しなかった本件において、保管者の基本的な義務の履行によって容易に発見しうる程度の浸水の可能性の有無についてまで、原告会社においてその引渡に先立ってその点検、修理をなすべきものと解するのは相当でなく、結局、その初期浸水原因のいかんを問わず、前記の事実をもって原告会社の過失と解することはできないから、過失相殺の主張もやはり理由がないというべきである。

第二B事件

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断するに、原告会社は右振出が原因関係を欠く旨主張するが、原告会社が本汽船の修理を被告常石造船に依頼し、その工事が完了したこと、本件手形が本汽船の修復工事代金支払のため振り出されたことは当事者間に争いがないのであるから、本件手形の振出が原因関係を欠くものでないことは明らかであり、右主張は理由がない。また、右が原告会社は被告常石造船に対し同社に受寄者としての債務不履行の事実があり、そのため損害賠償責任がある旨の主張であるとするならば、A事件に対する判断のとおり、本汽船が被告常石造船に対し再寄託されたものとは認められず、何らその責任を問うことができないものである以上、理由がないものというべきである。

よって、抗弁は理由がない。

第三C事件

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の本件手形の振出が原因関係を欠く旨の主張については、B事件の抗弁に対する判断のとおり、理由がない。

第四結論

以上の事実によれば、A事件については、原告会社の請求は被告神原汽船に対して三五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年一月一〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告神原汽船に対するその余の請求及び被告常石造船に対する全請求は失当であるからこれを棄却し、B事件については、被告常石造船の請求は全部理由があるからこれを認容し、C事件については、原告会社の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担つき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田潤 裁判官 北山元章 佐村浩之)

〈以下省略〉

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